531.「敷引き無効の逆転判決」に思う (2005/07/21)

賃貸マンションの退去時に、保証金の中から敷引きと称して一部を差し引く敷引き特約の有効性が争われた控訴審裁判で、神戸地裁は一審の神戸簡裁判決を取り消し、業者に敷金を全額返還するよう命じる逆転判決が出されました。


裁判長が、「賃借人の利益を一方的に害し、消費者契約法により無効である」と判断したと報じられています。


一般的に賃貸契約では、退去時に返還される保証金(敷金)と、返還されない礼金(敷引き)があります。今回の判決は、このうち「敷引き特約」の無効を認めたものですが、慣例的に広く適用されてきた敷引きの制度に一石を投じたことによって、今後不動産業界に波紋が広がって行く事が予想されます。


業者によっては、保証金が一切返還されないこともあるようです。あらゆる部屋の汚れや損傷を指摘され、改装の為に保証金まで全額取られてしまうケースは、決して珍しくありません。


この判決によって、業者側に一方的に有利な保証金制度が、少しは改善される事を期待したいものです。


ただ、判決の全文を読んでいないため断言は出来ませんが、今回の判決は、あくまで消費者契約法に基づく契約に問題があったと言うことを、指摘したに過ぎないように思います。


つまり、賃貸契約において慣習的に行われている、「賃料以外の賃貸人のお金を改装費へ充当することの妥当性」については、何ら司法による判断がなされていないのではないでしょうか?


賃貸契約における保証金に関しては、USに住んでいた時に次のような経験をしたことがありました。


気に入った賃貸のコンドミニアムが見つかって、初めて賃貸契約を結ぶために地元の不動産屋のオフィスに行った時のことです。


何せ契約社会であるUSのことですから、契約書を読んでいなかったでは済まされません。特に保証金の扱いに注意しながら契約書を確認しました。


USでは礼金や敷引きの制度はなく、デポジットと呼ばれる保証金があるだけです。通常1ヶ月の家賃に相当する金額を、入居時に払うことになります。


賃貸契約を解除するとき、どのような条件で保証金が返却されるかを、おそらく私がしつこく尋ねていたのでしょう。その営業レディは、「安心して良いですよ。賃貸人の権利は法律で保護されていますから。」と言いながら、その州が発行している法律レターのコピーを持ってきてくれました。


概ねその内容は、次のようなものでした。



  1. 保証金(デポジット)を預かるのは、賃貸料の滞納があったときに補填する為である。
  2. 入居・退去するときは、不動産会社の担当者が立ち会いの元で、建物・部屋に損傷がないことを確認し、ある場合は双方同意のもとで内容を確認し記録する。
  3. 使用者の故意による損傷に関しては、使用者の責とする。
  4. 建物・部屋を通常の方法で使用したために生じた汚れや劣化に関しては、使用者はその責を負わない。

つまり、「何らかの原因で壊した部分に関しては、その修復は壊した賃貸人が修理しなければいけないが、通常の使い方による汚れやへたりに関しては、賃貸人は入居前の状態に戻すための費用を負わない」と言うことです。


これにはもっともな理由があります。


もし、賃貸人が退去時に、入居時と全く同じ状態(同じ新しさ)に復活する義務があるとするならば(つまり常に物件を同じ新しさに保たなければ,
同じ賃料をオーナーが得ることができないと言うのなら)、オーナーは今の賃貸人から毎月同じ賃料を受け取る事ができなくなるのです。


もし2年間賃貸するとして、最初の1ヶ月より最後の1ヶ月の方が、おそらく部屋は自然に汚れているでしょう。壁紙や床が汚れたり傷が付いたりするのは当然です。


オーナーはそれを承知で毎月同じ賃料で貸しているのです。もしその自然な汚れを問うのなら、賃料を毎月下げていく必要があると言うのです。


自然に古くなり汚れてくるのは当然のこととして、何年かの後に改修するなどの費用はオーナーが賃料に含めて考えておけばよいと言うことなのでしょう。


日本では、退去後に改装が必要だと言って、保証金を全額返さないばかりか、それ以上の法外な改装費用を請求する業者もいると聞きます。


不動産関連の裁判沙汰が後を絶たない今の日本は、安心して住むことが出来る社会とは言い難いでしょう。


今回の判例によって、賃貸契約で泣き寝入りする人が減ることを期待したいものです。