152.電波時計 (2003/07/22)

昨日のワールドビジネスサテライトで、シチズンの電波時計が紹介されていました。金属ケースアンテナの出っ張りが全くない男性用腕時計が開発されたそうです。


電波を受信するためには、ケース全体を金属で作ってしまうと受信感度が落ちるため、これまではアンテナが外部に飛び出していたり、ケースの一部にプラスチックが使われていたそうです。


確かに、最新の機種では、ふつうの腕時計と全く変わりないデザインになっており、全く狂いのないクォーツ時計として、意識をさせずに使うことができそうです。


電波時計で思い出すのは、1970年の大阪万博です。会場の中心にあったタイムセンターから基準信号が発信され、会場内に設置された時計の同期を取って正確な時を刻んでいたのです。タイムセンターは、1秒ごとに赤い閃光が輝き、それと同期するように会場のすべての時計には、赤いインジケーターが1秒ごとに光っていたのを覚えています。セイコーが担当したそのシステムに、未来を感じました。


そもそも、日本標準時を刻むJJYと言う信号は、原子時計を使って正確な時間と、正確な電波の周波数を提供してきました。アマチュア無線では10Mhzの基準電波を受信し、VFOと呼ばれた可変発信器の周波数を校正したものです。


それが、今や腕時計で実現ができ、シチズンのものは太陽電池で駆動できるものもあるようです。ただ、おもしろいのは、同じ機能を女性用の大きさにするには、あと2つほどハードルを越えなければならないそうです。


JJYの信号は、今は40Khzの周波数で、50Kwで送信されているそうです。長波を使うのは、電離層反射がないため、受信地点までの伝播の経路が安定するからだそうです。この40Khzの周波数の電波を飛ばすアンテナが、なんと250メートルの高さがあるそうです。


40Khzと言えば波長は7800メートルにもなり、250メートルの高さを持ったグランドプレーンアンテナでも、1/8ぐらいに短縮しなければなりません。メガやギガの世界になれている我々にとっては、逆に新鮮さを感じます。


腕時計に入っているようなモジュールが低価格で提供されれば、これまでクォーツモジュールが内蔵されていた機器のすべてに、電波時計が内蔵されるようになるでしょう。パームを始めPDAやパソコンには必ず時計が内蔵されていますから、クォーツ時計と言えば電波時計のことを指すようになるかもしれません。


ただ、人間のルーズさはなかなか変わりませんから、時計が正確になったからと言って、あまり生活に変化があるとは思えませんが。

151.DVFMとVVVF (2003/07/20)

DVFMは、LSIの低消費電力化の新しい手法と言うことで、Handheld
Engineの特徴の一つであるわけですが、カードスロットを削除してまで省電力化を目指したとすれば、かなり力が入っていると言えるでしょう。


トランスメタ社のCrusoeが発表されたときも、革新的な省電力手法が採用されていることに驚きましたが、今回はさらに発展させたアルゴリズムが開発されたのでしょう。


ダイナミックに負荷の状態を判断して、クロック周波数と電圧を調節することによって、最適なパフォーマンスと電力消費を実現すると聞けば簡単そうに思えますが、これがなかなかくせ者で、想像しているより難しいもののようです。省電力手法は、年々進歩してきている分野なので、バージョンアップする度により優れたものが提供されていくことでしょう。


ところで、DVFMと似たような話に、電車の電力制御の方式VVVFと言うのがあります。Variable Voltage Variable
Frequencyの略で、電圧と周波数を可変にして制御するものです。よく電車の発進時に、数回に渡って発振音が変化するのが聞こえれば、VVVFの車両です。


電車のモーターには、直流モーターが長く使われてきました。直流モーターは理科の実験で作ったのを覚えておられる方には懐かしいものですが、ブラシを使った整流子によって、極性を変化させています。


このブラシは、摺動部分があり磨耗するため、定期的な点検や交換が必要であったようです。電車のメインテナンスにおけるかなりの部分を、占めていたようです。さらに、電圧を制御するために、抵抗によって熱になっていた無駄な電力消費がありました。


ブラシがないモーターに誘導電動機がありますが、メインテナンス性に優れています。家庭で使われている洗濯機や掃除機、扇風機の類は、ほとんどが誘導電動機を採用しています。ただ、この誘導電動機の回転数は、電源周波数によって決まってしまいます。


電源が50Hzの地域と60Hzの地域で、洗濯機の回転速度が変わったりする事がありますが、これは誘導電動機の回転数が電源周波数の影響を受けるためです。


電車のモーターは、洗濯機等と違って、低速から高速までスムーズに可変できなければなりません。昔は、良いデバイスがなかったために不可能だったのですが、近年巨大なサイリスタインバーターの技術が発達して、電源周波数を連続的に可変する事が可能になってきたのです。


そして、今では直流モーターのチョッパ制御を経て、誘導電動機のVVVF制御による低消費電力化が、普及してきました。新しいCLIEの中でも同じように、電圧を変えたり周波数を変えたりして低消費電力化が行われていると思えば、電車の中でCLIEを使うのが楽しくなってきませんか?(そんなことでは楽しくなるわけがない!)

148.デジタルカメラの画素数は画質を決定づけるか? (2003/07/13)

アサヒカメラ7月号に「高画素神話に喝!-極小画素デジタルカメラの画質を検証-」という記事が掲載されています。デジタルカメラでは、画素数が多い程画質が良いと考えられていますが、本当に画素数が画質を決定づけるのか実写を元に検証しています。


さらに記事の中で、世間に高画素数=高画質と言う概念を植え付けた張本人が、撮像素子メーカーとデジタルカメラメーカーのどちらであるのか、それぞれのメーカーに対してインタービューを行っています。


まず実写の結果ですが、画素一つ一つの大きさが小さくなればなるほど、画素そのものの性能が低下する為、極小画素を使ったカメラでは、画素数の割には画質が良くないと言うことでした。


つまり、画素数と共に画素一つ当たりの大きさが、画質を決める重要な要素であると言うのです。画質を良くしたければ、大きな画素を数多く搭載した撮像素子を採用した、デジタルカメラにすれば良いという事です。


まあ、当たり前と言えば当たり前なのですが、画素あたりのノイズマージンや、ダイナミックレンジなどと言った要因が、小さくなれば厳しくなると言うのが世の常であると言うことでしょう。フィルムの場合でも、35mmカメラで如何に良いレンズとフィルムを使っても、6x64x5のフォーマットには画質では勝てないのと似ています。


次に記事の中では、撮像素子のメーカーへ、次のような質問をしています。


「何故、あなたの会社では、画質が低下する程の極小画素の撮像素子を作っているのですか?」


その答えは、「画質がどうこうと言うより、微細加工技術が進歩するたびに、素子メーカーとして撮像素子製品のラインナップを増やしているだけで、それをどのように使うかは、デジタルカメラメーカーさんの自由です」、だそうです。


次に、デジタルカメラメーカーに、同じような質問をしています。


「何故、あなたの会社では、画質が低下する程の極小画素の撮像素子を使ったカメラを出すのですか?」


そして今度の答えは、「市場のニーズが、安くてしかも画素数が多いものを要求しているので、小さな画素で多くの画素数を持つ素子を採用するのです」、だそうです。


つまり各メーカーは、画素数が多い=画質が良いと勝手に決めつけているのは消費者であり、我々は消費者の要求に従って作っているだけであると言っている訳です。


それならば、早急に画質を端的に表した指標を、デジタルカメラ業界として提案するべきだと思います。画素数も分かりやすい指標であるから使われてきたのでしょうが、少なくとも画素そのものの性能も含めた指標が欲しいものです。


ところで、銀塩フィルムでは、よく使われている35mmフルサイズの場合、だいたい2000万画素あると言われているようですが、この数字とデジタルカメラの画素数を比較することに、意味があるのでしょうか?


現像された後の金属銀粒子の数を画素数と言っているのでしょうが、乳剤中で重なり合っている粒子も多いと思われます。またフィルムの感度を上げるために乳剤厚く塗布すれば、当然画素数は増えますが、乳剤を厚くすることによって画質が低下する傾向があります。


そもそも画像として見えているのは銀粒子を見ているのではなくて、その隙間を通り抜けてきた光を見ている場合もありますから、画素が平面的にきれいに並べられた撮像素子とは状況が違います。単純にフィルムとデジタルカメラの画素数と比較するのは、あまり意味がない様に思われます。


評価基準を決めるのには確かに難しい部分があります。CPUの速度も、クロック周波数だけでは分からないように、画質を評価するのもそう簡単なことではなさそうです。


例えば、画素数より解像力等の画質を直接表現し得る表現の方が、安心してカメラの性能が比較できるような気がするのですが、如何でしょうか?

145.携帯電話とデジタルテレビ (2003/07/11)

パルマガ機長さんが、携帯電話に搭載されたデジタルテレビの話題を、取り上げられておられます。昨日のワールドビジネスサテライトで紹介していたのを、私も偶然見ていたのですが、機長さんのおっしゃるモバイル・テレビのバッテリー問題は、確かに電話としての機能を阻害する可能性がありそうですね。


このように、電話やメール以外の用途がどんどん開発されて、一つの携帯電話ではバッテリー問題を含めて賄いきれない様になれば、機長さんのおっしゃるように、携帯電話に加えてもう一つPDAを持つ需要が出てくるのではないかと言うのは、さすがなかなか鋭い視点ではないかと思います。


ハンカチとちり紙が、似てはいるがお互い代替にはなり得ない様に、携帯電話と役割を分担して共存していくパームの姿というのも、正当な進化であると言う事を機長さんが示唆されているのは見事です。


もちろん世の中には様々な人がいて、ちり紙で濡れた手を拭いたり、ハンカチで鼻をかんだりしても良いのですが、帯に短したすきに長し。中途半端に一つにまとめるより、帯とたすきを両方持つほうが便利かもしれません。


ところで昨日、JRの電車の中で隣の人が、携帯テレビ(アナログの物)を取り出して、車内で見ようとしていたのですが、雑音が多すぎて5分と続けて見ていられなかったようです。関西には、京阪電車の特急にテレビカーと言うのがかなり前からありますが、これも受信状態はあまり良くありません。


これまで、アナログテレビ放送がモバイルではうまく受信できなかったが、デジタル時代はモバイルテレビが普及するかもしれないと考えて開発するのは当然かもしれませんが、それを一気に携帯電話に組み込むサイズにしてしまうメーカーの技術はさすがだと思います。


開発メーカーの方のコメントにも、携帯電話のサイズに組み込む事ができる技術が、完成の域に達しているというメッセージを発したと言う事で、実際にどのように利用できるかはこれからの課題と言う事なのでしょう。


パームにデジタルテレビが組み込まれているのが、当たり前のようになるかもしれません(見るか見ないかは別にして)。

143.CPUに潜む2つの原子力発電所 (2003/07/09)

これまでコンピューターやパソコン、ネットワークの進歩は、デバイス技術、特にマイクロプロセッサー(CPU)の技術に支えられてきました。もちろん、それ以外のメモリーや記憶装置などの進歩も貢献していますが、CPUが中心的役割を果たして来たのは間違いないでしょう。


現在は2-3Ghz程度のCPUが主流になっていますが、10Ghz30GhzなどのCPUが登場するのも、そう先の事ではないと予想されます。


パームも同様に、以前より高速なCPUを搭載する機種が増えてきましたが、近い将来音声認識による自動翻訳等の用途に発展していくには、更に高速なCPUが要求されるでしょう。


もう2年も前の事になりますが、IEEEの会議でCPUの発熱を問題にしていた事がありました。これまでは、CPUの発熱量は単位面積当たりではせいぜいホットプレートと同じぐらいだったのが、近い将来原子炉の中の温度と同じになり、2010年には太陽の表面温度と同じになると言われていました。この温度の問題によりこれまでの技術の延長線上では、数十GhzのCPUを実現する事はできないため、インテルは新しいデバイス構造を提案していました。


また同じ会議で発表されたNECの資料によると、IT関連の機器による電力消費はこのまま増加していくと、日本だけで2010年には285Bwhになり、これは原子力発電所30基分に相当すると言われています。


過去に何度もシリコン半導体の限界説が唱えられては、新しい技術で打開してきましたが、今回の限界は打開していけるのでしょうか?あるいは打開すべきなのでしょうか?


また発熱以外にも眼界が近づいている問題があります。


半導体のプロセスが進歩すると、製造に必要なマスクのコストも増大し、最新のプロセスにはマスク一式で1億円かかるとも言われています。設計変更があればその都度必要になりますから、それなりの生産量が確保でき、コストを吸収できるものでなければ最新のプロセスを利用する事はできないでしょう。


また、数Ghzを超えるクロック周波数を使う場合、微細化された配線では減衰遅延が大きくなりすぎて、デバイスのスイッチング速度に間に合わなくなってきており、これまでの微細化技術とは逆に、巨大配線プロセスなども開発が進んできています。配線の抵抗浮遊容量を減らす為には、集積度犠牲にしなければならなくなっています。


グリッドコンピューティング等で、CPUと電力の負荷を平準化する事で、これらの限界を補える可能性もあります。これだけで全ての問題を解決できる訳ではありませんが、ハードウェアをこれ以上肥大化していくのではなく、ソフトウェアによって効率よくハードウェアを活かしていく方法を、もっと考えなければいけないのではないでしょうか?私はソフトウェアの進化に大きな期待を寄せます。


ソフトウェアは利用技術と言われていますが、これまでは肥大化していくハードウェア如何に使い切るかを重要視してきたように思います。ハードウェアの高速化・大容量化が前提であり、ソフトウェアそのものの基本的な部分は、あまり進歩してこなかったと言う事はないでしょうか?


これまでのようなハードウェアをどう使い切るかではなく、人が何を望んでいるか、つまり本当に人の役に立つ情報を(ハードウェアの肥やしでなく)処理できるソフトウェアが、必要になってきているのではないでしょうか?