「アメリカ人は議論が好きである」と言われることがあります。自分の主張を押し通す事を良しとし、リベートなどの練習を積んでいますから、議論すること自体を得意としているかに見えます。
仕事の上でも、当然自分の意見を主張することが求められ、日本の様に角が立たないようにうまく収めるのはもってのほか、議論その物を楽しんでいるのではないかと思えるぐらい、積極果敢にまくし立てます。
ところが本当にアメリカ人はみんな議論が好きなのでしょうか?
例えば自動車を買う時、価格の交渉が楽しいという人もいるでしょうが、面倒だと思う人もいるでしょう。一生懸命交渉しても、結果は誰もが同じ値引きを獲得するだけ。それなら、最初からハッスル・フリーで均一価格で販売すればいいと、全国均一料金、値引きなしの新車販売方式が受け入れられたことがありました。
GM系のサターンが採用したこの販売方式は、日本車を研究した生産方式による品質と相まって、大きな支持を得ました。つまり、アメリカ人の中にも、ハッスルした議論や交渉を、できれば避けたいと思っている人がいると言う事なのでしょう。
USに住む時に、真っ先に必要な物は自動車です。日本では、新車は注文してから納車までしばらく時間が掛かりますが、USは広いヤードにある在庫の中から選んで、支払いが終わればすぐに納車です。納車と言っても自分で乗って帰るだけですから、何も特別な事ではありません。
1997年の冬、私はフォードの新車の価格交渉を終え、新しく自動車保険にも加入し、車の代金を小切手で支払おうとしていました。パーソナルチェックと呼ばれる小切手は、1ドルであろうと1万ドルであろうと使えますから便利です。私は、ブランクの小切手を取り出し、金額を記入し始めました。
通常小切手には、本人の名前や住所と電話番号が印刷されています。ところが、銀行口座を開設したての頃は印刷が間に合わないために、口座番号以外は記入されていないブランクの小切手を一時的に使います。金額と一緒に自分の名前や住所を書くのです。
さて、自動車のセールスマンは、そのブランクの小切手に書き始めた私を慌てて止めました。「その印刷されていない小切手は、信用できないから受け取れない」、と。
つまり、偽造がしやすいブランクの小切手は、信用することができないと言うのです。私は、まだ印刷された小切手が出来ていない事を説明しました。しかし、今日この車を手に入れないと明日から生活することができません。何としてもこの小切手を受け取ってもらおうと、ハッスルする心構えをしました。
セールスマンは、別室の支配人に相談しに行きました。私は、どのようにして議論を展開しようかと思案していました。
しばらくして、セールスマンがやって来て、支配人と話をしろといいます。私は、覚悟を決めて支配人の部屋に乗り込みました。
一通りの挨拶が終わると、突然支配人は私に、「今日は車を持って帰って、明日銀行渡し小切手(Bankers’
Check)を作って持って来れば良い。」と言うではないですか!
新車を、見ず知らずの外国人が買いに来て、一切お金を払わないのに持って帰らせると言うのはどういうことですか?信用できないからと言って小切手を拒否したのに、私はそんなに信用できる顔をしていましたか?
次の日、銀行で小切手を作って持って行きましたが、受け取った時安心したような顔をしましたから、やはり不安だったのでしょうね。しかし、アメリカ人のビジネスのやり方に感心したと同時に、それからはアメリカ人が何を考えているのか、解らなくなりました。