日経ビジネス10月16日号の「敗軍の将兵を語る」という記事に、正露丸訴訟で敗訴した大幸薬品の社長の言葉が掲載されています。
この訴訟については、すでに語り尽くされている感がありますが、この記事を読んで少し疑問に思ったことがありましたので、書かせていただきたいと思います。
この訴訟は、「平成17年(ワ)第11663号不正競争行為差止等請求事件」として、大阪地裁で平成18年7月27日に判決が言い渡されたものです。事件名として不正競争行為とあるように、「正露丸」という商標や製品のパッケージの意匠を中心に争われています。
原告の大幸薬品の主張は、以下の通りです。
- 最近10年だけに限っても約60億円の宣伝広告活動を行ってきた。
- 同期間に約285億円の販売実績を記録しており、正露丸という名前の医薬品のブランドを築いている。
- 被告の和泉薬品工業が、その類似した医薬品名と製品パッケージによって、大幸薬品の商品イメージに便乗した商売をしている。
- 消毒薬のクレオソートを主成分とする点で似た医薬品であるが、和泉薬品工業の製品には「ロートエキス」という緑内障,排尿困難,心臓病等の患者には症状を悪化させる可能性がある成分が含まれており、それにより大幸薬品の製品に対する信頼や信用が毀損されている。
さて、判決文を読んでみると、結局大幸薬品の「ラッパのマーク」と、和泉薬品工業の「瓢箪マーク」を、消費者が混同するかどうかだけが焦点になっていることが分かります。
製品のパッケージそのものの類似性は当然のものとして、マークが明らかに異なるために混同する恐れはないと言うのが、判決文の趣旨です。
さて、日経ビジネスの記事の中で大幸薬品の社長は、「争点が商標や意匠にすり替わってしまったが、本当に訴えたかったのはロートエキスの副作用による信用喪失であった。」と言われています。実際に消費者から苦情があり、返品された商品を受け取ってみると異なるメーカーのものであったことが頻発するようになってきたため、訴訟に踏み切ったと言うことでした。
判決では、ロートエキスが添加されている事による副作用に関しては、もし現に症状の悪化が生じているとしても、包装箱に禁忌例を記載するなどによって解決すべき問題であるとしています。また、ラッパと瓢箪のマークが明らかに異なっているので、それらを消費者が取り違える可能性はないとしています。
ここで消費者の立場で考えてみると、同じ「正露丸」という医薬品名である以上、一般にその成分に大きな違いがあるとは想像しにくいことです。「ロートエキス」が配合されていることが成分表示から知ることが出来ても、その成分によってどのような影響があるかは容易には分かりません。
ロートエキスは、一種の興奮状態を作り、腸の動きを一時的に止めることによって腹痛を鎮める効果があるそうですが、その為に細菌性の下痢の場合には腸内で細菌が繁殖し、悪化することがあるそうです。
O157が流行した時に、ある種の胃腸薬を服用すると、かえって症状を悪化させるという例が報告されていました。ロートエキスがその一因として考えられるのなら、成分を解りやすい場所に表示する事が、ラッパや瓢箪のマークにこだわるより重要でしょう。
一般的に、クレオソート製剤と言うことで全く同じ効能があると思っていましたが、添加された成分によって大きく異なってくると言うのなら、同じ「正露丸」という製品名を付けるところに問題があるのかも知れません。
登録商標の「正露丸」をめぐっては、過去に最高裁判所で商標の無効、すなわち普通名称として広く使うことを認める判決が出されています。しかし、消費者にはいまだに特定の商品名だと思っている人が多いようですし、ましてや成分に違いがあると思っている人は少ないのではないでしょうか?
「正露丸」は元来「征露丸」と呼ばれ、日露戦争当時から使われてきた医薬品名だそうですから、類似した医薬品が同じ名称を付けることは仕方がない部分もあるでしょう。そもそも、「正露丸」という普通名称か商品名か消費者が容易に判断できない曖昧な名前を使い続けることが、すでに問題であるように思います。
大幸薬品は、大阪高裁に控訴したようです。控訴審では、商標・意匠の問題にとどまらず、医薬品表示や販売方法にまで踏み込んだ判断を仰ぎたいものです。
参考までに、判決文(PDFファイル)のURLを、リンクを張らずに記載しておきます。興味のある方はご参照ください。→ http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060731093511.pdf