655.広辞苑第6版 (2008/01/20)

最近本屋の店先では、広辞苑第6版が発行されたのを受けて、特別のワゴンを仕立てたり、広辞苑製作現場をルポしたビデオを流したりしています。


重量2.5Kg、3000ページにも及ぶその装丁は、その価値を十分に秘めた威厳に満ちています。


とある中規模の本屋の店先で、そのプロモーションビデオを最初から最後まで拝見致しましたが(相変わらず暇人!)、編集から製本まで、何処を取っても吟味されたもので、日本語を如何に大切にしてきたかを物語っています。


第6版は10年ぶりの改訂となり、追加された新語は1万語。その中には「IP電話」「うざい」など、正に今の日本の文化を反映した言葉が並びます。


さて、その広辞苑第6版に誤った記述があったと言う記事が、神戸新聞のインターネット版に掲載されています。


「広辞苑 誤記見落とし半世紀 芦屋の解説、実は須磨」と題して、広辞苑の「芦屋」の解説ページに、本来は「須磨」として記載されるべき内容が、1955年の初版から訂正されないまま掲載され続けていると書かれています。


平安時代の歌人、在原行平にまつわる話を、その弟である在原業平を混同しているとしています。確かに、芦屋市には「業平町」という地名がありますし、国道2号線の芦屋川にかかる橋の名前は「業平橋」です。


しかし、これまで吟味され改訂が繰り返されてきた広辞苑に、これほど明らかな誤記が残されていると言うことに驚きます。


すでに初版の執筆者は判らないそうですが、広辞苑でさえもこのような誤りがあるのですから、私の昨日のミスは許すべきだぞ、私の上司! (長い言い訳ですな!)

654.Globalizationの初夢 (2008/01/10)

最初「グローバライゼーション」と書いていたのですが、「グローバリゼーション」とどちらが正しいか迷っているうちに、面倒臭くなって英語のままにしました。(面倒くさがり!)


新年のメッセージをやり取りしている時に聞いたのですが、以前パリ近郊にある半導体工場がリストラの対象になり、その後しばらくは合弁会社によって辛うじて運用されていたのですが、最近になってロシア企業に身売りされたそうな。


昔なら半導体を東側の諸国に販売することさえ有り得なかったのですが、最近は先端技術を持った企業が中国企業に買収されることも珍しくなくなってきました。経済活動に関しては、一部の国を除き、国境は消えつつあるのでしょう。


昨日は、関西エリアで広範囲に濃霧に覆われたため、しばしば通勤電車が停車することがありました。景色が停止した電車の中で身動きが取れずに立っているのは退屈この上なく、隣のおじさん(私もおじさんですが)の新聞を盗み見していると面白い記事が。


どうも国内の新車販売が振るわないことを解説している記事のようで、最近の若者は自動車などの機械ものに興味を示さなくなったことに、その原因があると書いています。


確かに昔はかっこいい車を持つことは、若者にとってステータスでした。新しい車をいち早く手に入れることで、仲間内でのヒーローに成り得たのです。私が入社したころは、誰もが車を手に入れるためにお金を貯めたものです。


ところが、最近になって若者が興味を持つものが多岐にわたるようになったために、車はそのオタクアイテムの一つに過ぎなくなったのでしょう。


今や交際相手の興味を引くためには、車なんかを所有することより、携帯のメールに小まめに返事を返す方が余程大切なことだそうです。


う~ん、携帯に負けたのはPDAだけかと思っていましたが、車も同類だったとは気付きませんでした。


最近はカーナビの上にiPodが合体するものもありますから、確かに車とモバイル機器に親和性があるのは頷けますが、車の売れ行きに携帯電話の動向が影響しているとは、グローバル化によってマーケティングも難しくなったものです。


ひとつの商品の売り上げや流行が、全くセグメントの異なる商品によって左右されるのですから、これまで以上に広範囲な競争相手に対して対策を講じなければならないと言えるでしょう。


しかし逆の見方をすれば、これまで特定の競争相手に対して劣勢に立たされていた商品も、全く異なる種類の商品とドッキングさせることによって、新たな活路を見出すことも可能になるのではないでしょうか?


グローバル化をきっかけに、Palmがよみがえるのも夢ではないかもしれません!


では、まず手始めに、カーナビにPDAを乗せてみますか!(もう少しひねらんかい!)

653.モバイルと休日 (2008/01/05)

新年明けましておめでとうございます。毎年の事ながら、新年からかなりで遅れておりますが、取りあえずまだ松の内と言うことで、今年もよろしくお願いいたします。


すでに仕事始めを済ませた方も多いとは思いますが、今年は4日を休めばさらに長い休暇になると言うことで、まだ正月気分の方も多いのではないでしょうか?


ただ、最近は仕事のメールが大量にばらまかれますから、長い休日だからと言っても、その間にメールが貯まりに貯まっていると想像するだけで精神的に良くありません。


かと言って、メールがどのぐらい貯まっているかが気になってメールを開けてしまえば会社の思うつぼそこから知らぬ間にメールを掃き(破棄)出す作業に追われて、無報酬残業の罠にはまってしまうのです。


昨年末のYOMIURI ONLINEの記事によると、寝る前に仕事のメールをチェックすると、エスプレッソ2杯分の不眠効果があるとの研究があるそうです。


パソコンから発せられる光によってホルモンの分泌が妨げられると言うことですが、仕事を寝る直前まで持ち込むことの方が睡眠を妨げそうです。


考えてみれば、モバイルユビキタスだなどとカッコの良い言葉に釣られてしまいがちですが、所詮雇用主にを付けられた猫にしか過ぎないわけです。


中にはその鈴が心地よい恵まれた方、すなわち雇用主と対等あるいはそれ以上の(楽しい)関係を築いている方も多いのでしょうが、それ以外の場合は、出来れば鈴は取ってしまいたい物なのではないでしょうか?


しかも、私の雇用主に至っては、その首に付ける鈴を個人の自費で購入しなければならないという暴挙であります。(これは単なるグチ!) モバイルを言う名を借りた、サラリーマンの家畜化が本格化していると感じます。(これもグチ!)


先日、休暇でリゾートに行って来た同僚にバカンスは良かったかと訊いたら、「もちろんだよ。メールが届かないからな。」とのお答え。


現実から逃避するのがリゾートの目的とするならば、メール携帯電話がバンバン入って来てはリゾートとしては失格でしょう。これからのリゾートホテルは、最新設備を誇るのではなく、インターネットと携帯電話から如何に隔離しているかを自慢するようになるかも知れません。


しかし、そもそもメールを見るのが苦痛なのは、日々嫌々仕事をやっているからであって、仕事のメールを見るのが楽しくなれば良いのですが、これがなかなか難しい!


今年も、その未だ見ぬ解を探す旅は続くのでしょう。(やれやれ)