572.ミネソタ見聞録11: 人すがら (2006/02/16)

2月5日に日本に帰ってきて、ミネソタのいろいろな場面、風景を思い出しますが、やはり一番印象に残るのはミネソタの人たちです。


メイヨークリニックで機敏に動き回る医師や看護士たち。深夜まで鉄人の如く働き続ける同僚。素朴なミネソタの人たちと出会えたことが、旅の一番の収穫です。


滞在していたホテルは、部屋にキッチンの付いた長期滞在用。安心してワインを買ってきたのはよかったが、コルク抜きが見当たりません。フロントに電話すると、コルク抜きを貸してくれるとの事。早速ワインのボトルを抱えて参上です。


もうお馴染みになったフロント係のおばさまは、さっきからコルク抜きをいじくりまわしている様子で、どうやって使うものかを思案中。フロントにやって来た私にそれを手渡すと、"Engineering Test!"と言ってニタニタしています。


これがなかなか優れ物のコルク抜きで、シールもきれいに取れるし、コルクも「ポン!」と何の苦もなく抜くことができました。


おばさまは、初めてのコルク抜きを一瞬で使いこなした日本の青年(?)に感心して、拍手しています。「日本人は手先が器用だわい!」なんて勘違いしているのではなかろうか。ただの酒飲みに過ぎないのに。


同じホテルの朝食の準備をしてくれているおねえさんは、さすがに長い間滞在している私の顔を覚えてくれて、ある日こんなことをおっしゃいました。


「2,3ヶ月前には10人ぐらいいたのよ。今はあなた一人しか中国人はいないけど。」


日本人も中国人も韓国人も、区別が付かないのは仕方がありません。私にも区別が付かないですから。日本人だと訂正しても、「ああ。そう。」ぐらいのリアクションです。


いつの間にかパソコンが話題になっていて、彼女はそれで毎日英語の勉強をしていると言います。そういえばネーティブの英語ではないので、どこから来たのか尋ねたら、ボスニアとの事。


ボスニアと言えば首都はサラエボ。サラエボと言えばユーゴスラビアと思った私は、「昔、リュブリアーナやザグレブに行ったことがあるよ。」なんて言ったのですが後の祭り。もともと影のある顔立ちが、さらに曇ってしまいました。


ボスニアは、マネーとジョブがダメだと嘆いていました。自分の家族だけがUSに移住したが他の親族はボスニアに残っており、数年に一度、母国に帰る渡航費用で貯金がなくなってしまうらしいです。


どうしてミネソタを選んだかと聞くと、エージェントが勝手に決めるらしく、ミネソタ以外の中西部にも一緒に来た友達の家族が住んでいるそうです。


最後に言い残していった「ミネソタは良い所だ!」とは正に実感なのでしょう。


さて、USの大型スーパーは24時間営業のところが多いので、深夜2時過ぎまで晩御飯抜きで仕事をしている時には、これほどありがたいものはありません。


営業しているといっても、店内の清掃や商品の補充で、至る所に"Wet Floor"の札が立ち、段ボール箱が山積みになっていますから、「買いに来てもいいよ」といったノリでしょうか。


この時間帯のレジには、大抵は陰気なおじさんがいることが多いのですが、なぜかその時は若い女性がレジにいました。朝まで一晩中働いているらしいので、さぞかしアルバイト代の深夜割り増しが付くのかと思いきや、昼間と変わらないと言います。


何か景気付けに気の利いたセリフでも言いたかったのですが、やっと出たのは"Good
Luck!"。


多分彼女にとっては景気がよくなるどころか、訳の分からない日本人が深夜に来て、下手な英語で絡んでいったと思っていたかも知れません。(ほぼ確実!) 


陽気なアメリカ人には程遠いミネソタの人たちに、最初のうちは違和感を感じていました。しかし、時間が経つに連れて、無理に感情を表に出さないところが日本人と似ているのか、かえって居心地がよくなってきました。素朴で頑固なミネソタの人たちに、西海岸や東海岸とは違ったUSの一面を見たような気がしました。

571.ミネソタ見聞録10: ミネソタ最後の夜 (2006/02/03)

ミネソタに来てから4週間がたち、最後のミネソタの夜を迎えています。ミネソタの夜といっても、特に何か違う訳ではありませんが、約1ヶ月の奮闘を振り返ってみると、少なからず感動を感じないわけには参りません。


今日の夕方の気温は-10℃で、やっとそれらしい寒さになってきましたが、4週間の間、日中ほとんど0℃前後だったことで、ミネソタの冬の厳しさを体験できなかったのは、ラッキーでもあり残念でもありといったところでしょうか。


観光で来ている訳ではないので、自由になる時間が多いとは言えませんから、それほど多くの体験ができませんでしたが、それなりに思い出に残る経験ができたと思っております。


とりあえず最初に仕事について振り返ってみます。(実は仕事できていたのでした。)そう言えばまったくこれまで仕事についての記述がなかったですね。最後の週は、夜中の2時まで晩御飯を食べずに働いた後、24時間オープンのスーパーで冷凍食品とサッポロ一番を買って帰り、ホテルで食べながらランドリーで洗濯をしていたという、何とも情けない状況でした。(しかしあの時の味噌ラーメンはうまかった!)


仕事の同僚が、ミネソタの特産であるワイルドライスを見つけたので分けてくれようとしたのですが、農産物を日本に持ち帰るのは困難だと言って断らなければならなかったのが残念でした。特産と言ってもなかなか手に入らないそうです。


一番エキサイティングだったのは、メイヨークリニックの診察体験でしょうか。内科、アレルギー科、耳鼻咽喉科とさまざまな診察を受けることができました。それから途中にいくつかの検査を受けてきました。また近いうちに「メイヨークリニック診察日記」などという特集でお伝えしたいと思います。


「大草原の小さな家」のローラ・インガルス・ワイルダーゆかりの地ツアーも、なかなか面白かったです。ミシシッピー川の流れと同じように、開拓者たちが試行錯誤をしながら、自分たちの定住の地を探し回ったのに思いを馳せるのは、想像した以上に楽しいものでした。もしもう一度訪れることができるなら、冬の枯れた大地でなく、草原生い茂るころに見てみたいものです。


会社の部長さんが、自宅の夕食に招いてくれました。4年前に新築された真新しい家は、総床面積が5000平方スクエアフィート(って何坪かまだ判っていませんが)でまさにドリームホーム!家の裏庭には、オークやチェリー、シュガー・メープルの大木がそびえ立ち、何もかも立派の一言です。USでも羨ましくなるほどの家に住んでいる人は、それほど多いわけではありませんから、豪邸拝見ができたのはありがたいことです。


さてミネソタの最後は、やはりモール・オブ・アメリカで締めくくらなければならないでしょう。金曜の夜ですから、休日ほど多くの人で賑わっているわけではありませんが、それでも十分な人が集まってきているようです。さすがに遊園地の急流すべりは休業でしたが、ジェットコースターは半分ぐらいの人を乗せて動いていました。


さて、明日は飛行機に乗って帰国です。今回USに来た時は、ノースウエスト航空の国際線のアルコール飲料は無料でしたが、この4週間の間に有料になってしまったようです。飛行機に乗る楽しみがまたひとつ消えてしまいました。ビールを飲んで寝て帰るつもりでしたが仕方ありません、機内映画でもじっくり鑑賞することに致しましょう。


それでは10回に渡ってお届けいたしました「ミネソタ見聞録」、これにて終了。(実はかなりヘトヘトだったりして。)