夏の休暇疲れが尾を引いて、夏ばてなのか何なのか今一本調子になりきれないために、更新が途絶えておりました。世間では、天災や航空機事故が続いておりまして、安心して生活することの難しさを感じております。
さて、このように更新が滞っていた言い訳をしていて今一要領を得ない場合、「的を得ん」言い訳と言われるわけですが、この「的を得る」は誤りで、正しくは「的を射る」だと言うのです。
小学校の国語の問題で、「的を得る」という語句にある間違いを訂正させる問題があったのですが、最初何が間違いなのかまったく分かりませんでした。答えを見て初めて「的を射る」が正解だと分かったのです。
しかし、「的を射る」では私的には語呂が悪く感じたので、国語辞典で調べてみました。すると「的を得る」には記載がなく、「的を射る」だけが解説されています。いかにも「的を得る」は「的外れ」だと言うのです。漢字辞典で「的」を調べても同様の結果です。国語の先生的には「的を得る」は×なのでしょう。
しかし、「的を射る」の否定形の「的を射ない」ではあまりにも違和感があります。Googleの検索では、「的を得ない」は11500件引っかかりますが、「的を射ない」では1100件しか出てきません。昔なら辞典を調べて納得するしかなかったのですが、インターネットで調べるといろいろな角度から見た解説が掲載されています。
要約すると次のようになります。
- 「的を射る」が正解で、「的を得る」は誤りである。
- 検索サイトでヒットするのは、「的を射る・的を得る」では「的を射る」が圧倒的に多いが、「的を射た・的を得た」では逆転して「的を得た」が多くなる。
- 年代別では、国語を現役で習っている世代(中高生)では、「的を射る」が大勢を占めるが、年代が上がるにつれて「的を得る」が多くなっていく。
- 最近の小説の中には「的を得る」が使われているものもあるが、それが誤って使ったのか、わざと使ったのかは不明である。
- 「正鵠を射る」は「正鵠を得る」とも言い、「的を得る」もそこから派生したと考えられる。
と言ったところでしょうか。「正鵠」とは的の真ん中の黒丸を指すそうで、弓をやる人は真ん中に当たることを「的を得る」と言うそうですから、どちらもそれなりに正しいと言えるかもしれません。慣用的に使われているからこそ慣用句ですから、教科書に載っている事よりも実際にどう使われているかが重要になります。
私個人的な意見としては、「的を射る」では弓を引いて的に当てようとしている状態も指すように感じるため、的に矢が刺さっている感じがあまりしません。
また否定的に使う場合「的を射ない」は言いづらいですし、「的を得ん」と関西弁風にアレンジする事ができるのも「的を得ない」の良いところです。
しかし、学校では「的を射る」と教えているにもかかわらず、「的を得る」が自然に定着してしまうところが日本語の難しさなのかもしれません。この日本語のいい加減さが、また味であり風情を醸しだすののでしょう。
また結論がなく「的を得ない」内容になってしまいましたが、これも風情と許していただけるでしょうか?