497.JR脱線事故に思う (2005/04/28)

事故で亡くなられた方々には、心よりご冥福をお祈りいたします。また、怪我をされた方々には、一日でも早い日常生活への復帰を、心より願っております。


毎日のように犠牲者の数が増えています。これほどまで悲惨な事故が、全く危険だと認識されてこなかった場所で発生したことに、恐怖の念を感じます。


私も毎日この路線を利用していました。事故当日も少し前に通過しています。事故現場は、特別に普段から危険を感じるような場所ではありませんでした。またダイヤが1分や2分遅れることは珍しくなかったですし、オーバーランも珍しいことではありません。線路内の無謀横断や非常ボタンへのいたずらが、この路線で多かったのも事実です。


今原因について、いろいろな推測がされています。単一の原因ではなく、複合的な要因が重なった為ではないかと言われています。まだ最終的な結論には時間が掛かると思われますが、ひとつ気になることがあります。


つまり、複合的な要因で起こった可能性があると言うことは、潜在的に危険な因子が、数多く存在しているのではないかと言うことです。


高速運転や過密ダイヤを支えるべき基盤として、本来完璧でなければならないはずのATS、車両、軌道や乗務員のそれぞれに、潜在的な問題点が指摘されています。それぞれの構成要素に、余裕(マージン)がないために、どこか一箇所に破綻が生じると、それを補うことができずに、一気に崩壊してしまうのでしょう。


JRの新快速を大阪で降りて、振り替えになっている阪急電車を利用していると、そのスピードの遅さに驚きます。以前は阪急も京都線などで、JRとスピード競争を繰り広げていました。今ではすっかりその面影もlなく、特に震災後は特急の停車駅を増やし、利便性の向上を図る事を重視しているようです。


2000年の営団地下鉄のせり上がり脱線事故の際、車輪のフランジ部とレールの間のすべり抵抗を軽減するために、レール内側にオイルを塗布することの重要性が説かれたことがありました。


大阪と京都の間天王山のふもとで、JRと阪急京都線が併走する区間があります。JRと阪急のレールを見比べてみると、阪急にはレールの内側だけ黒くオイルで濡れていますが、JRにはありません。


安全のためのマージンを稼ぐ地道な努力の積み重ねが、いかに大切かと言うことを物語っているように思います。

482.ニッポン放送争奪戦3: 家庭にネットワークは2つも要らない (2005/03/13)

テレパソと言う商品が以前から販売されています。一台でパソコンとテレビ受像器を兼ね備えており、液晶やCRTを共有して有効に使おうと言うものです。


どちらかといえばパソコンが主体で、テレビも見ることが出来ると言うものですが、同様にテレビが主体で、パソコンも使えると言うコンセプトの商品も可能でしょう。


パソコンが家庭に普及してきたと行っても、テレビにはまだ及びませんから、テレビ主体で必要な時にだけパソコンに切り替わる事ができる製品があれば、それはそれで面白いかも知れません。


テレビと通信・コンピューターの融合は、ケーブルテレビから始まったと言えます。双方向通信を実現しており、同じ回線でテレビ放送と、パソコンへの通信を提供します。


本来はケーブルテレビの普及に伴い、オンデマンド放送やテレビショッピングにおけるe-コマースの実現が期待されていました。


ところが、ケーブルテレビがテレビ番組の多チャンネル化や、難視聴エリアの解消などの、ユーザーに直感的に理解されやすい利点のみを売り込んだ為に、ケーブルテレビの大きな特長である双方向通信を活かすことなく、今に至ったのです。


これは、既存の放送局側がケーブルテレビの普及に積極的でなかった為であり、あるいはUSのCNNのようなケーブルテレビ専門の有力な放送局が育たなかったのが、原因だと考えられます。


既存の放送局は、既得権として電波法上の局免許を独占的に与えられていますから、電波を必要としないケーブルテレビは、電波が届かない地域を視聴エリアにするため以上の意味がなかったのです。


ただテレビ局も、これまでにいろいろな試みを重ねてきました。報道番組に連携させて電話でアンケートを取り、結果をリアルタイムで集計して番組で見せる等の例は、以前からありました。


また、地上デジタル放送でも、放送の画像や音声以外にデジタル多重信号を使って、これまでにない新しい情報提供の試みを実験しています。


ブロードキャスティングの言葉通りに放送電波が一方的に垂れ流されてきた時代は終わり、放送のオンデマンド化通信との融合がようやく始まろうとしていたのですが、しかし通信とコンピューターは、それに優る勢いで進化していたのです。


これから放送が通信を取り込もうとしても、その時は既に、インターネットのネットワークが家庭の隅々に構築されているのです。


結局、放送がデジタル化によって家庭にネットワークとして入り込むのが、数年遅かったようです。これほどまで通信ネットワークが家庭に普及してしまった以上、放送はその後を追うことは出来ないでしょう。


放送が、これからの新しい時代のニーズに応えるためには、膨大なコストの掛かるデジタル放送を推進していくより、インターネットとの融合を目指すのが妥当ではないかと思います。


家庭にネットワークは、2つも要らない。


本当にユーザーが必要とする放送と通信のあり方を提案し、放送を含めたIT社会をどのように実現するかを真剣に考えていくことが、今求められているのです。

481.ニッポン放送争奪戦2: テレビとインターネットの融合とは? (2005/03/12 )

さて、ニッポン放送のフジテレビジョンに対する新株予約権の発行による増資は、昨日の東京地裁仮処分決定によって、ライブドア側の主張が全面的に認めらました。


今回のニュースの特徴的なことは、街頭インタビューで質問を受けた人が、必ずはっきりと自分がライブドア派かフジテレビ派か明言していることです。


地裁の決定の対しては順当とする意見が多いものの、経済団体からは厳しい結果であるという見方をしているようです。また一般的には、ライブドアの堀江社長のやり方の対して、好きか嫌いかで意見が分かれているようです。


今多くのニュースで注目されているのは、「最終的にどちらが主導権を取る事ができるか?」になっています。「ニッポン放送の議決権の何パーセントを取るか?」というのははっきりと数字に表れますから、勝った負けたが誰の目にも判りやすいのでしょう。


応援している方の優劣に一喜一憂するところは、スポーツ観戦に似ているかもしれません。しかし、それはあとから考えれば、一過性のものである可能性が高いのではないでしょうか?


この出来事の本質は、テレビとインターネットの融合を目指すインターネット企業と、現状のテレビ放送業界に安住するテレビ局の戦いです。どちらが主導権を握るかによって、日本のテレビ放送の将来が、大きく変わる可能性があるのです。


実は一つ気になっていることがあります。新たな展開がある度に、ライブドアの堀江社長がテレビ局の報道番組をはしごしてインタビューに答えています。しかし、その中で一向にテレビとインターネットの融合に関する議論がなされていないのです。


もっとはっきり言えば、堀江社長がブログインターネットの可能性を口に出しても、番組のキャスターは、それに対して全くと言っていいほど情報を持っていないように見えます。すなわち、インターネットのことを知らなさすぎるのです。これでは、馬の耳に念仏です。


通信コンピューターの融合は、1980年代に始まって以来、多くの企業の淘汰を生んできました。やがて放送も、その潮流に飲み込まれることでしょう。しかし、今の放送業界に少しでも危機感はあるのでしょうか?


放送電波公共のもので限られており、自分たちはそれを継続的独占する事を許されている特別な存在であると、放送免許の上に胡座をかいているのではないでしょうか?


フジテレビジョンの日枝会長は、「テレビがなくなれば困る」と言っています。しかしこのまま、テレビ業界だけで視聴率競争をしているのでは、テレビ放送がなくなってしまうのもあり得るかも知れません。


堀江社長が力説されているコンテンツの大切さは、このような弱小サイトをやっていても強く実感します。しかし、番組製作を丸投げしている放送局には、コンテンツの重要性を理解しているとは思えません。


長い間、通信とコンピューターは誰でも簡単に使えるものではありませんでした。しかし、インターネットによって、今では多くの人がそれを利用し、身近に感じることが出来るようになってきました。


家庭の隅々にまで浸透してきた通信とコンピューターが、テレビ放送といつまでも乖離したままであるはずがありません。


テレビ業界が、これまでメディアの頂点に君臨してきたと言う自負があるのなら、今こそ新たな時代のメディアでも、頂点を取る姿勢を見せるべきではないでしょうか?

480.ニッポン放送争奪戦1: オールナイトニッポン (2005/03/11)

ライブドアフジテレビによる、ニッポン放送の争奪戦の行方が注目されています。単なるマネーゲームと言う見方をする人もいるようですが、事の重要さはそれだけに留まりません。


海外資本によるM&Aリスク国内企業の資本提携のねじれ株式市場の制度の欠点法整備の遅れなど、多くの問題を一気に表面化させたと言えるでしょう。


さらに、メディアとしてのテレビに、インターネットが真っ向から挑戦している点も見逃すことができません。日本における将来のメディアのあり方を変える可能性があるだけに、社会に及ぼす影響が一番大きいかもしれません。


今回ニッポン放送が対象にされたのは、フジテレビとの株の持ち合いによってねじれた資本関係にあったためとされています。しかし、1970年代を知る者にとっては、ニッポン放送は特別な意味を持っています。


1970年と言えば大阪万博が開催された年です。FM放送が開始されたのもその頃でした。まだラジオがメディアとして大きな力を持っていた時代でした。


今ならNHKでさえ、深夜までテレビ番組を放送していますが、その頃は23時になればロダンの「考える人」をバックに君が代が流れて放送終了でした。他の民放も1時ごろには終了していました。その後はラジオの深夜放送が唯一のメディアだったのです。


オールナイトニッポンは、その当時の深夜放送の御三家と言われたセイヤング(文化放送)やパックインミュージック(TBS)と共に人気を集め、多くの地方ラジオ局でも中継されていました。


特に70年当時のオールナイトニッポンの人気はすさまじく、DJに糸居五郎今仁哲夫、そして亀渕昭信を擁していた時代が、その最盛期であったことは疑う余地がありません。


ペンネームを使ってリクエストカードをラジオ局に送ることが、若者のひとつのファッションになっていたのです。DJの今仁哲夫氏にリクエストカードを送るのに、住所も放送局名も書かずに「東京 テツ」だけで届いたと言うのは、今や伝説と言えるでしょう。


ニッポン放送は、当時から糸居氏が「50時間マラソンジョッキー」に挑戦したり、まだ知名度のなかったホンダの新型車(ホンダクーペ)を使って全国をキャラバン隊で廻ったりと、何かと注目を集めていた放送局でした。


かつてオールナイトニッポンのDJであった亀渕氏が社長になったニッポン放送は、今度は新しい時代をリードするインターネット企業によって話題の中心に引っ張り出されています。世間の注目を集めるのは、ニッポン放送の伝統なのかも知れません。

479.三年目の確定申告書作成コーナ (2005/03/10)

今年も確定申告の季節がやってまいりました。もう既に申告された方も多いかと思いますが、各地方に設置された相談所も盛況なようです。


確かに税金の話は込み入った内容も多く、医療控除や住宅融資控除などの決まりきった手続きのものばかりではありませんから、相談してみないと一体どう手続きをしたらよいのか見当も付かないケースも多いようです。


以前税務署に言った時に私の前で相談をされていた方の場合は、かなり複雑なお話のようでした。何でも昨年相続したのだが別の親族の生前贈与も一昨年に行っており、それに年金の支給と農業収入がどうのこうのと、、まあほとんど人生相談に近いものを感じました。


このような場合は、確かに税務署員がケースに応じて対応していかなければなりませんから、税金の相談所が混んでしまうのも仕方がない事でしょう。


ですから、なおさら書類を揃えればすぐ提出できる医療控除や住宅融資控除などを、迅速に手間を掛けずに処理する必要があります。


そこで、国税庁のホームページにある「確定申告書作成コーナー」に期待がかかるのですが、今年のできばえは如何だったでしょうか?


一昨年はひどいものでした。鳴り物入りで登場して、いろいろなところで宣伝されていましたから、なおさらそのできのひどさに落胆したものです。


サーバーの能力不足からか全く使い物にならず、数時間経ってもレスポンスが帰ってこない有様でした。全国規模である時期に一斉にアクセスされるシステムですから、予想を上回るトランザクションに沈黙するしかなかったようです。


昨年はどうだったかと言うと、これまた悲惨な結果でした。全国で10人の人が同時に印刷をしようとすると、別の人が入力した結果が印刷されてしまったようです。


如何にも想定外の事態が起こってしまったのならまだしも、全国規模のシステムで10人が同時に使っただけで問題を起こすシステムも困ったものですが、今年は改善されたのでしょうか?


国税庁ホームページから確定申告特集ページを開くと、確定申告書作成コーナーが登場します。以前のようにプリンターの設定にむやみに凝っていることもなく、全く普通に(初めて)使うことができました。


最後までデータを保存することができないので、住所や口座データの入力あたりでは多少の不安を感じますが、一度で最終的な申告書作成までたどり着くことができました。


当然と言えば当然の結果ですが、過去2年があまりのにもお粗末だったので、無事終わった時はさすがにうれしくなりました。


正に「三度目の正直」とはこのことでしょうか? 来年当たりはそろそろオンライン申請を期待したところですが、びっくりするようなトラブルが無いようにお願いしたいものです。